阿陀大野
あだのおおの
五條市東部、吉野川沿岸の地域。「古事記」神武天皇段に「其の八咫烏の後より幸行でませば、吉野河の河尻に到りましし時、筌を作せて魚取る人有りき、爾に天ツ神の御子、「汝は誰ぞ」と問ひたまへば「僕は国ツ神、名は贄持之子と謂ふ」と答へ曰しき。此は阿陀之鵜養の祖」とあり、「日本書紀」神武天皇即位前紀に「水に縁ひて西のかたに行きたまふに及びて、亦梁を作ちて取魚する者有り。梁、此をば揶奈と云ふ天皇問ひたまふ。対へて曰く、「臣は是苞苴担が子なり」とまうす。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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