露梨子村(読み)つゆなしむら

日本歴史地名大系 「露梨子村」の解説

露梨子村
つゆなしむら

[現在地名]寄居町露梨子・三ヶ山(みかやま)

露梨とも記される。保田原(ほだわら)村の南に位置し、西は西(にし)ノ入(いり)村。北部は台地上の平地で、南部は山地。田園簿に露梨村とみえ、田方七八石余・畑方二一石余、幕府領。寛文三年(一六六三)一部が忍藩領となる(「寛文朱印留」など)。元禄郷帳では高一三九石余。忍藩領分が享保一八年(一七三三)に幕府領となる経緯は木持(きもち)村と同じ。天明八年(一七八八)の高三二九石余、三卿のうち清水領と旗本西村領の相給(「巡見使三宿諸掛組合村々割付帳」杉田家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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