青毛村(読み)あおげむら

日本歴史地名大系 「青毛村」の解説

青毛村
あおげむら

[現在地名]久喜市青毛・青葉(あおば)一丁目・青葉

西は野久喜(のぐき)・古久喜(こぐき)・吉羽(よしば)の三ヵ村と青毛堀(あおげぼり)川などを境に対し、北は葛西(かさい)用水を境に西大輪(にしおおわ)村(現鷲宮町)、東は幸手(さつて)宿など。永禄一三年(一五七〇)正月六日の梶原政景書状(三戸文書)にみえる「大毛」は当地と考えられ、梶原政景から三戸駿河守に宛行われている。騎西(きさい)領に所属。承応二年(一六五三)川越藩松平氏の検地があり(風土記稿)、田園簿によれば田高一四〇石余・畑高三一五石、同藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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