須恵郷(読み)すえごう

日本歴史地名大系 「須恵郷」の解説

須恵郷
すえごう

和名抄」諸本に訓はない。現邑久郡長船おさふね東須恵ひがしすえ・西須恵を中心にした地域と推定されている。推定郷域内には全長約五〇メートルで浅い空堀をめぐらす古墳時代中期の前方後円墳牛文茶臼山うしぶみちやうすやま古墳、全長約八〇メートルで内部に近畿の二上にじよう山産出の赤色凝灰岩でつくられた家形石棺をもつ築山つきやま古墳、白鳳期創建の須恵廃寺、式内社の美和みわ神社などがある。正倉院丹裏古文書に、当郷戸主宗我部赤羽の戸口で一九歳の宗我部人足が、法華経一部・最勝王経一部を読誦することができるとして、天平一七年(七四五)四月一八日付で大宅諸姉から優婆塞として聖大尼公に貢進されたとする文書がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む