首塚神社(読み)くびづかじんじや

日本歴史地名大系 「首塚神社」の解説

首塚神社
くびづかじんじや

[現在地名]雄物川町今宿

街道東側に存立。坂上田村麻呂が蝦夷を征伐した際、戦死者の首級一千を埋葬したのでその名がついたという。径七―八メートル、高さ五メートルの塚をなし、現在その上に稲荷大明神がある。寛治年間(一〇八七―九四)後三年の役に際し、首級を埋葬したとも伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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