香山保(読み)こうやまほ

日本歴史地名大系 「香山保」の解説

香山保
こうやまほ

「和名抄」記載の揖保郡香山郷の郷名を継承し、現新宮町北東部に比定される。西は栗栖(くるす)庄、南は越部(こしべ)庄に接する地域と推定される。「師守記」暦応四年(一三四一)二月一四日条に香山保とみえ、請料の残り一〇結(一〇貫文)が中原師守のもとに納入されており、康永三年(一三四四)一一月二二日の清原国継請取状(師守記康永四年二月一二日紙背文書)によると、同四年の香山保請料は一五貫文であった。貞治元年(一三六二)には局務中原家は家司と推測される清原国尚の下人彦三郎に香山保契状と粮物二五〇文を与えて下向させており(同書同年一一月二四日条裏書)、また同五年には元高房の下向にあたって香山保明年請料契約状と小犬丸(こいぬまる)保(現龍野市)の契約状を整えている(同書同年一〇月一六日条)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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