馬明心(読み)ばめいしん(その他表記)Mǎ Míng xīn

改訂新版 世界大百科事典 「馬明心」の意味・わかりやすい解説

馬明心 (ばめいしん)
Mǎ Míng xīn
生没年:?-1781

中国,清代乾隆年間に甘粛・青海で活躍したイスラム教徒の指導者。馬明新とも書く。また〈まめいしん〉と呼ばれることもある。甘粛省安定(定西)の人。天方国(メッカを指す)に遊学し,イスラム教義を摂取して1761年に帰国し,青海省循化地方のサラール(撒喇爾)族のなかで新教を布教し,伝統的中国イスラムと対立した。そして地方官に圧迫されて1781年(乾隆46)に反乱を起こし,蘭州城を包囲攻撃したが,清軍に攻められ,同年に捕らえられて殺された。新教とは揺頭(ようとう),跳舞,高声誦経を特色とするスーフィズムイスラム神秘主義)に属する。
回族
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の馬明心の言及

【馬明心】より

…中国,清代乾隆年間に甘粛・青海で活躍したイスラム教徒の指導者。馬明新とも書く。また〈まめいしん〉と呼ばれることもある。甘粛省安定(定西)の人。天方国(メッカを指す)に遊学し,イスラム教義を摂取して1761年に帰国し,青海省循化地方のサラール(撒喇爾)族のなかで新教を布教し,伝統的中国イスラムと対立した。そして地方官に圧迫されて1781年(乾隆46)に反乱を起こし,蘭州城を包囲攻撃したが,清軍に攻められ,同年に捕らえられて殺された。…

【葉黄記】より

…正三位権中納言葉室定嗣の日記。中納言の唐名である〈黄門〉により名づけられているが,《定嗣卿記》《葉禅記》などの別名がある。…

※「馬明心」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む