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定西 じょうさい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

定西 じょうさい

?-? 鎌倉時代の武士。
東寺領若狭(わかさ)(福井県)太良(たら)荘の地頭若狭忠清の代官。寛元元年(1243)地頭の横暴をうったえる農民らと六波羅(ろくはら)探題で対決して敗れ,地頭代を罷免された。宝治(ほうじ)元年には預所代(あずかりどころだい)定宴(じょうえん)との相論でも敗れた。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

定西

生年:生没年不詳
鎌倉中期の地頭代官。東寺領若狭国太良荘(福井県小浜市)地頭若狭忠清の代官として現地支配に当たる。寛元1(1243)年,百姓らと六波羅探題で対決,「地頭代之濫行」とされて罷免の裁決を受け,宝治1(1247)年,預所代定宴との相論でも敗北した。

(林文理)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

定西
ていせい / ティンシー

中国、甘粛(かんしゅく)省東部の県。定西地区の公署所在地。人口45万4065(2000)。渭河(いが)上流と黄河本流との分水嶺(ぶんすいれい)の黄河側に位置し、陝西(せんせい)省の西安(せいあん)より甘粛省の省都蘭州(らんしゅう)を経て西域(せいいき)へ至る、かつてのシルク・ロードの途中にある。現在は隴海(ろうかい)鉄道が通る。古くは異民族との交易市が設けられた所であったが、宋(そう)代に西域安定の意を込めて定西城、安西城が築かれ、金(きん)代に県となった。二城はのちにまとめられて安定県となっていたが、1914年定西県と改められた。交通機能によって成立している都市で、周囲は山地で農業用地も少なく産業には恵まれない。[秋山元秀]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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