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高倉光守 たかくら みつもり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高倉光守 たかくら-みつもり

?-? 南北朝時代の官吏。
後醍醐(ごだいご)天皇の蔵人(くろうど)として,元弘(げんこう)-延元年間(1331-40)天皇の綸旨(りんじ)をおおく奉じる。また記録所寄人,右中弁などをつとめた。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

高倉光守

生年:生没年不詳
南北朝初期の廷臣。父は権中納言経守,母は藤原経業の娘。後醍醐天皇五位蔵人として,元弘から延元年間(1330年代),天皇の綸旨を奉じていたことが知られ,官は勘解由次官,記録所寄人,右中弁などである。『職事補任』によれば,光守が蔵人に補されたのは元弘3(1333)年で,同年7月権左少弁に任じられ,右衛門権佐とみえる。兄とみられる経躬が,嘉暦1,2(1326,27)年ごろ38歳(一説に28歳)で没しており,そのあとを継いだものと推測される。壬生(小槻)匡遠の日記『小槻匡遠記』建武2(1335)年4月20日条に「左少弁光守」,同6月25日条に「右中弁光守」がみえている。

(相馬万里子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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