高儀町(読み)こうぎまち

日本歴史地名大系 「高儀町」の解説

高儀町
こうぎまち

[現在地名]金沢市長土塀ながどへ二―三丁目

東はたに町・神谷かみや町に、西は浄住じようじゆう寺寺域に接する。南のあな町より北に延び、東側の今枝内記下屋敷を越え村井靫負下屋敷に至る通りを挟む両側町。旧町名は公儀町で、もと藩主用地の由緒をもつものかという(金沢古蹟志)。高儀町への用字変更は文政六年(一八二三)(町奉行より出候町名)、幕府公儀をはばかったともいわれる(金沢古蹟志)。 元禄九年(一六九六)の書上(「片岡孫作筆録」加越能文庫)によると地子町。文政六年までは東西に延びる善照坊前ぜんしようぼうまえ通も町内であった(享保町絵図ほか)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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