高尾庄(読み)たかおのしよう

日本歴史地名大系 「高尾庄」の解説

高尾庄
たかおのしよう

近世の小周防こずおう村高尾を荘域とする山城国法観ほうかん(現京都市東山区)領の荘園。法観寺文書に、

<資料は省略されています>

とみえ、貞和三年(一三四七)に足利尊氏が、女了清の追善料所として、周防国衙領の高尾郷を法観寺に寄進し、立荘したものと思われる。翌四年の室町幕府御教書(法観寺文書)に、

<資料は省略されています>

とあり、安国寺側が高尾郷を法観寺に渡すように措置することを守護の大内長弘に要請している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む