高木庄(読み)たかぎのしよう

日本歴史地名大系 「高木庄」の解説

高木庄
たかぎのしよう

古市郡に属したことは確実だが、現羽曳野市中部のどの辺りかは不詳。仁治元年(一二四〇)七月以前と推定される沙弥西印田畠所職等充文(金剛寺文書)に「古市郡 高木庄領楠本里弐坪弐段」とみえる。鎌倉前期頃沙弥西印なる僧侶が、西琳寺下預所職・金剛寺修理俗別当職などとともに、嫡子憲清に譲与したことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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