高橋庄・高橋郷(読み)たかはしのしよう・たかはしごう

日本歴史地名大系 「高橋庄・高橋郷」の解説

高橋庄・高橋郷
たかはしのしよう・たかはしごう

吾妻鏡」文治二年(一一八六)六月九日条所載の源頼朝意見勅答条々に「高橋庄」とみえる。正平八年(一三五三)九月一五日の後村上天皇綸旨写(藤並文書)に「阿波国高橋郷」とあり、当郷の地頭職勲功の賞として紀伊国の藤並五郎左衛門尉に宛行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 和名抄

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む