高瀬新村(読み)たかせしんむら

日本歴史地名大系 「高瀬新村」の解説

高瀬新村
たかせしんむら

[現在地名]入善町高瀬

黒部川扇状地の末端にあり、東は五十里いかり村・下飯野新しもいいのしん村、西から南は下飯野村。寛永一六年(一六三九)から万治三年(一六六〇)まで富山藩領、以後加賀藩領。明暦三年(一六五七)の草高四三石(入善町史)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高四八石、免三ツ八歩、小物成は鱒役五分・鮎川役七分(三箇国高物成帳)。その後天保一一年(一八四〇)まで草高の増減はない(「高免帳」杉木家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 入善町史 シン

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む