高石南村(読み)たかいしみなみむら

日本歴史地名大系 「高石南村」の解説

高石南村
たかいしみなみむら

[現在地名]高石市高師浜たかしのはま一丁目・同三―四丁目・千代田ちよだ一―六丁目・綾園あやぞの一―五丁目・同七丁目・加茂かも一丁目・同三―四丁目・西取石にしとりいし三丁目・同六丁目

紀州街道が村の中央を南北はしり、村の北をいま川が、南を王子おうじ川が西流して高石浦に注ぐ。海浜は歌枕として著名な高師の浜である。村内は南・小高石こたかいしの二地区からなり、南はさらにつじ土居どい新出しんでに分れる。北は高石北村に接する。寛永末年頃の状況を記したと推定される和泉国郷村帳では幕府領の「綾井高石村」二千五一三石余に含まれ、元禄七年(一六九四)の村明細帳(村田家文書)によると高石南村のみの延宝検地の高一千三四四石余で、田高八七五石余・畑高四六八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む