鳥養郷(読み)とりかいごう

日本歴史地名大系 「鳥養郷」の解説

鳥養郷
とりかいごう

「和名抄」諸本のうち名博本は「馬養」に作り、いずれも訓を欠く。「太宰管内志」は「等利加比とよむべし」とする。遺称地名として近代の鳥飼(とりかい)村があり、現久留米市梅満(うめみつ)町鳥飼に比定される。「日本書紀」雄略天皇一〇年九月四日条には、水間君(水沼君)の犬が中国の呉よりもたらされた鵝鳥をかみ殺したことの贖罪として、鴻一〇隻と「養鳥人」を献上したとみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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