デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鶴谷藤八」の解説 鶴谷藤八 つるや-とうはち ?-? 江戸時代中期の浄瑠璃(じょうるり)三味線方。京都の人。はじめ義太夫節の三味線方であったが,元文-延享(1736-48)のころ京坂で2代都太夫一中(みやこだゆう-いっちゅう)の三味線方をつとめ,「道行涙の朝霜」など作曲もこなした。前名は鶴沢藤八。姓は鶴屋ともかく。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
朝日日本歴史人物事典 「鶴谷藤八」の解説 鶴谷藤八 生年:生没年不詳 江戸中期の一中節の三味線方。鶴屋とも。元文・寛保(1736~44)ごろに上方で,初代に比べて劇場出演の多かった2代目都一中(京太夫和泉掾)の三味線を勤めた。もとは義太夫節の三味線方で,鶴沢藤八といったという。 (吉野雪子) 出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報 Sponserd by