鷲家村(読み)わしかむら

日本歴史地名大系 「鷲家村」の解説

鷲家村
わしかむら

[現在地名]東吉野村大字鷲家

高見(たかみ)川の支流鷲家川上流域に立地。東西に通る伊勢南街道から北方佐倉(さくら)峠経由宇陀郡に至る道を分岐する三差路。三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)に「鷲賀三ケ郷大乗院寄」「ヲカワ方ヒクワン鷲家家卅斗、下司助太郎」とあり、「多聞院日記」天正七年(一五七九)一一月五日条には「芳野ヘ鷲賀大門御書(出カ)用催促云々」とみえる。

小川(おがわ)郷のうち。慶長郷帳では村高二三二・二石、幕府領(代官辻子和泉)。元和五年(一六一九)和歌山藩(徳川頼宣)領となる。寛永郷帳では小物成として米二・四〇六石、酌子役として銀五〇匁が課せられている。元禄郷帳では村高二四二・〇一二石となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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