朝日日本歴史人物事典 「鷹司政平」の解説
鷹司政平
生年:文安2(1445)
室町後期の公卿。父は関白左大臣房平。長禄3(1459)年正五位下に叙せられ,権中納言,権大納言などを歴任し,応仁2(1468)年内大臣,文明7(1475)年右大臣,翌年左大臣となり,同10年内覧の宣旨を蒙り,同17年太政大臣となる。永正13(1516)年出家,法名上玄,道号天理。死後,専称院と称される。政平邸では,しばしば歌会が催されており,延徳・明応期(1489~1501)の宮廷歌壇の一翼を担っていたことが知られる。<参考文献>井上宗雄『中世歌壇史の研究―室町後期―』
(小森正明)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報