麁原村(読み)そはらむら

日本歴史地名大系 「麁原村」の解説

麁原村
そはらむら

[現在地名]早良区祖原(そはら)・城西(じようせい)三丁目・昭代(しようだい)一―二丁目・曙(あけぼの)一―二丁目

西新(にしじん)町村の南東、樋井(ひい)川左岸にある。南は荒江(あらえ)村。東を樋井川支流七隈(ななくま)川が北流する。村名は祖原とも記される。小早川時代の指出前之帳では麁原村は田一一町二反余(分米一二六石余)・畠一一町七反余(分大豆五六石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高四二五石余(慶長石高帳)。元禄五年(一六九二)には高四八三石余、家数五九・寺一、人数二五五(田圃志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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