麻布善福寺門前代地町(読み)あざぶぜんぷくじもんぜんだいちまち

日本歴史地名大系 「麻布善福寺門前代地町」の解説

麻布善福寺門前代地町
あざぶぜんぷくじもんぜんだいちまち

[現在地名]港区三田みた五丁目

新堀しんぼり(古川)東岸の低地に位置する門前町屋の代地。東は三田豊岡みたとよおか町、西は美濃郡上藩青山家下屋敷、南は伊予小松藩一柳家下屋敷、北は幕臣邸地。もとは麻布善福寺門前東町のうちにあった。元禄一一年(一六九八)に御用地となり、翌一二年に魚籃ぎよらん下新堀端に代地を与えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む