糸数城(読み)いとかずじょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「糸数城」の意味・わかりやすい解説

糸数城
いとかずじょう

沖縄県南城(なんじょう)市玉城(たまぐすく)糸数にある城跡本来呼称は「イトカズグスク」という。14世紀ごろに玉城按司(あんじ)の三男糸数按司によって築かれたというが正確な点は不明。オモロに「糸数の太陽(てだ)=按司」と歌われるほどの有力な按司の居城であった。石垣遺構が比較的よく保存されており、沖縄の城塞(じょうさい)建築を知るうえで貴重な資料である。城跡内から炭化米・麦が採集されており、先史時代との関連でも注目を集めつつある。国指定史跡。

[高良倉吉]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の糸数城の言及

【玉城[村]】より

…琉球王朝時代からの遺跡や聖地が多く,東の知念村とともに〈神の国〉とよばれ,〈東御回り(アガリウマーイ)〉という巡礼路になっている。稲作発祥伝説のある聖泉〈受水(うきんじゆ)・走水(はいんじゆ)〉と聖田〈御穂田(みふーだ)〉,アマミキョが築いたという玉城城跡,アマミキョが最初に住んだというミントン城跡,14世紀前半の糸数(いとかず)の按司(あじ)築城という糸数城跡(史)などがその巡礼地である。雄樋(ゆひ)川沿いには1967年発見の大鍾乳洞玉泉洞がある。…

※「糸数城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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