Brezovački,T.(その他表記)BrezovackiT

世界大百科事典(旧版)内のBrezovački,T.の言及

【ユーゴスラビア】より

…ただ国民文学が成立するのは19世紀で,それまでは劣ったスロベニア語で作品をものすることはできないと考えられた。 18世紀に入って,ハプスブルク帝国内のスロベニア人やクロアチア人の間にも啓蒙文学が流行し,それぞれリンハルトAnton Tomaž Linhart(1756-95)とブレゾバチュキTito Brezovački(1757-1805)という代表者を得た。セルビア人ではオブラドビッチが傑出している。…

※「Brezovački,T.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む