F.シチェルバツコーイ(その他表記)Fyodor Ippolitvich Stcherbatskoi

20世紀西洋人名事典 「F.シチェルバツコーイ」の解説

F. シチェルバツコーイ
Fyodor Ippolitvich Stcherbatskoi


1866 - 1942
ソ連のインド学者。
元・レニングラード大学教授。
ケリツィ(ポーランド)生まれ。
幼少時代から英語、ドイツ語、フランス語を修得し、ペテルブルク大学ではミナエフに師事し、梵語学、原語学を学ぶ。同大学を優秀な成績で卒業した後、ウィーンのG.ビューラーのもとで詩文研究に従事する。さらに、題銘学、法典を研究し、F.ミュラーに一般原語学、ベーダ語を師事する。1893年帰国後、1900年ペテルブルク大学に招かれ、オルデンブルグ後任として梵語学教授となる。当時のヨーロッパの中央アジア研究においては、指導的立場であり、シチェルバツコーイ監修の「仏教文庫」はその研究成果である。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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