レキシントン・コンコードの戦い(読み)レキシントン・コンコードのたたかい(その他表記)Battle of Lexington and Concord

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

レキシントン・コンコードの戦い
レキシントン・コンコードのたたかい
Battle of Lexington and Concord

アメリカ独立戦争におけるイギリス本国軍とアメリカ植民地軍との最初の戦い。 1775年4月,本国の植民地政策に反抗する愛国派は,マサチューセッツ湾植民地ボストン近郊のコンコードに武器,弾薬を集めた。4月 18日ボストン駐屯イギリス守備隊司令官 T.ゲージは,愛国派指導者の逮捕と,コンコードの武器庫破壊のため,F.スミス大佐の率いる正規軍の分遣隊約 700人を派遣した。愛国派の P.リビアと W.ドーズの急報によって出発した J.パーカーの率いる植民地民兵が,翌 19日イギリス軍先発隊とレキシントンで衝突。さらにコンコードへ進出したイギリス本隊をノースブリッジで植民地民兵約 400人が攻撃。イギリス軍は増大する民兵に攻撃されながら,救援軍の助けでボストンへ帰還した。死傷者はこの1日で植民地側 95人,イギリス側 273人。アメリカ独立戦争の導火線となった戦い。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む