改訂新版 世界大百科事典 「〓浩」の意味・わかりやすい解説
浩 (けいこう)
Jīng Hào
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…中原では五つの王朝が交替したが,戦乱のなかで,水墨山水画が大きく展開した。唐後半に起こった潑墨山水画の墨面による表現と,従来の線描的要素を結合させたのが荆浩であり,ここに北方系山水画の基礎が固められ,北宋初期の李成,関仝(かんどう),范寛らの地方性の強い画風に継承されていく。蜀の地は唐代から玄宗,僖宗らが中原の乱を避けて幸した地であり,中央の文化が直接浸透していた。…
…伝統的に絵画以上に高い評価を受けてきた書・文学が唐の滅亡と五代の戦乱のなかで,わずかな例外を除いて,ともに見るべき成果を生みださなかったのに対して,絵画においては唐末五代から宋時代にかけて一貫して巨匠が輩出し,後に六朝の書,唐の詩,宋の画と称されるようになる中国絵画の黄金時代が開かれる。その軸となったのが山水画であり,山水画の英雄時代を開いた巨匠が華北の荆浩,江南の董源である。彼らは唐末五代の戦乱の中,それぞれの地方性を踏まえた大様式を築きあげ,荆浩に学んだ李成,董源の弟子巨然らが引き続いて北宋における総合の時代を導きだす,先駆としての役割を果たした。…
…山水画の分野は宋代に最も注目すべき発展をみせた。五代の荆浩(けいこう)が線的要素(筆)と面的要素(墨)の融合を図り,これを継ぐ関仝(かんどう),李成,范寛(はんかん)らが華北系の山水画の代表作家として,それぞれに地方色の強い画風を形成させたが,これらは北宋後半に郭熙(かくき)の様式に総合されていく。 一方江南では,董源(とうげん),巨然らが唐代後半の潑墨の伝統に立ち,対象を陰影によってとらえる画風を開いた。…
※「〓浩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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