アイラウの戦い(読み)アイラウのたたかい(その他表記)Battle of Eylau

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アイラウの戦い」の意味・わかりやすい解説

アイラウの戦い
アイラウのたたかい
Battle of Eylau

ナポレオン戦争中の 1807年2月8日行われたプロシア=ロシア連合軍とフランス軍との激戦アウステルリッツ (1805) ,イエナ (06) でオーストリア,プロシアに大勝したナポレオン1世は,さらに東に軍を進め,東プロシアのアイラウでプロシア=ロシア連合軍と会戦したが大打撃を受けた。ロシア軍の死傷者は2万 5000人,一方フランス軍は2万 8000人の死傷者を出し,ロシア軍を追撃できなかった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む