イレチェク(その他表記)Konstantin Jireček

改訂新版 世界大百科事典 「イレチェク」の意味・わかりやすい解説

イレチェク
Konstantin Jireček
生没年:1854-1918

南スラブ諸国専門のチェコ人史家。スラブ学・言語学・歴史学者,政治家として著名なヨーゼフ・イレチェクJosef Jireček(1825-88)の子。プラハ大学で歴史学を修めたのち,ブルガリアの国民教育に情熱を傾け,オスマントルコから独立したブルガリアで文部大臣を務める(1881-84)。学位論文であった主著ブルガリア史》(1876)は言語学に裏付けられた徹底的な実証主義に基づく成果で,ブルガリアにおける最初の学問的著作として今日でも高く評価されている。その他の主著は《セルビア史》(1911-18),《中世セルビアの国家と社会》(1912-19)。
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367日誕生日大事典 「イレチェク」の解説

イレチェク

生年月日:1854年7月24日
チェコスロヴァキアの歴史家
1916年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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