ウリヤンハタイ(その他表記)Uriyangkhatai

改訂新版 世界大百科事典 「ウリヤンハタイ」の意味・わかりやすい解説

ウリヤンハタイ (兀良哈歹
)
Uriyangkhatai

モンゴル帝国の武将スベテイの子。生没年不明。定宗グユクの東マンチュリア討伐,バトゥの西征従軍。グユクの死後,トゥルイ家の宿老として憲宗モンケの即位に尽力した。1253年のフビライ・ハーンの雲南遠征には副将となり,フビライ帰還後も残留して征討を続けた。57年モンケの南宋親征が始まると,安南を経由して,広西・湖南・江西と南宋領の中央部を突破し,鄂州のモンゴル軍に合流した。その後の動向は確定し難い。
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