カラジョルジェビッチ家(読み)カラジョルジェビッチけ(その他表記)Karađorđevići

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カラジョルジェビッチ家」の意味・わかりやすい解説

カラジョルジェビッチ家
カラジョルジェビッチけ
Karađorđevići

セルビア公国(のちセルビア王国),セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国,ユーゴスラビア王国統治した王朝。18世紀ブタの売買で富をなしたモンテネグロの農民出身。イェニチェリに対する反乱を指導して勢力を確立。初期の統治は親オーストリア(のちに親フランス),開明主義を特徴とした。オブレノビッチ家と激しく対立開祖カラジョルジェ・ペトロビッチ在位 1804~13)。最後の王ペタル2世(在位 1934~45)は第2次世界大戦でドイツ軍のユーゴスラビア侵入直後に亡命した。(→ユーゴスラビア史

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む