オブレノビッチ家(読み)オブレノビッチけ(その他表記)Obrenovići

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オブレノビッチ家」の意味・わかりやすい解説

オブレノビッチ家
オブレノビッチけ
Obrenovići

近代セルビアの王朝シュマディア地方の農民出身。 19世紀初頭の対オスマン帝国独立闘争を指導して勢力確立。その統治はおおむね親ロシア (のちに親オーストリア) ,保守主義を特徴とする。カラジョルジェビッチ家と激しく対立。統治期間は 1815~42,58~82 (公国) ,82~1903年 (王国) 。王朝の開祖ミロシュ・オブレノビッチ1世 (在位 1815~39,58~60) で以後4人の公または王が立ったが,アレクサンダル・オブレノビッチ5世 (在位 89~1903) の暗殺によって王朝は途絶えた。

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