カンディー朝(読み)カンディーちょう(その他表記)Kandy

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カンディー朝」の意味・わかりやすい解説

カンディー朝
カンディーちょう
Kandy

スリランカ中部丘陵地帯の都市カンディーに都をおいた王朝 (1480頃~1815) 。 15世紀末にカンディーを都としたシンハラ族の王朝は,16世紀初め以来ポルトガルの侵略を受けてふるわなかったが,17世紀初めオランダと手を結んでポルトガル勢力の駆逐に成功した。 1739年にシンハラ族の王統が絶えると,南インドから新王が迎えられ王朝を引継いだ。この間オランダとの友好関係は維持されたが,18世紀後半に両国の関係が悪化。カンディーの王はイギリス東インド会社と結んでオランダ勢力を一掃した。しかしセイロン (現スリランカ) の完全支配を目指したイギリスにより,1815年王は追放され,王制は廃された。歴代の王は仏教を保護し,ビルマ (現ミャンマー) やタイと密接な関係を保ちつつ,仏教の復興に尽力した。

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