キンダ王国(読み)キンダおうこく(その他表記)Kinda

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「キンダ王国」の意味・わかりやすい解説

キンダ王国
キンダおうこく
Kinda

5~6世紀に中央アラビアにあった王国。南アラビアのハドラマウト地方にいたキンダ部族の一部北方に移住し,中央アラビアで先住の諸部族と連合し,480年頃に建国した。6世紀初頭にはヒーララフム朝と争って勢力を伸展させたが,529年頃ラフム朝によって滅ぼされた。

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世界大百科事典(旧版)内のキンダ王国の言及

【ラフム朝】より

…最初の数代の王はアズド族の出身であったが,アムルはラフム族に属し,以後1人の例外を除き,代々の王はアムルの子孫によって占められた。6世紀の初めキンダ王国の王ハーリス・ブン・アムルの支配を受けたが,529年ムンジル3世はハーリスとその一族50人あまりを殺してキンダ王国を滅ぼし,シリアへ遠征してアンティオキアまで至った。その子アムルはタラファ,ハーリス,アムルなどの詩人を保護したことで有名。…

※「キンダ王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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