サバ領有権(読み)サバりょうゆうけん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「サバ領有権」の意味・わかりやすい解説

サバ領有権
サバりょうゆうけん

ボルネオ島北部のサバ地方の領有権をめぐりフィリピンマレーシア,イギリスの間で争われてきた問題。 1963年マレーシア独立時に,イギリスは自国領土としてサバをマレーシアに委譲したが,一方フィリピンはサバの領有権を公式に主張,以後マレーシアと対立することになった。 77年8月の東南アジア諸国連合 ASEAN首脳会議でマルコス大統領が領有権放棄を宣言したが,法的な手続きはなんら取られず,問題解決へはいたらなかった。 87年にはサバ領有を放棄する法案が提出されたが,上院で強硬な反対に会い,事実上廃案となっている。フィリピン議会の強い反対の背景には,南部フィリピンに起り,フィリピン政府を悩ませているイスラム分離主義運動にサバ州の一部の支援があること,マレーシア政府がイスラム勢力に同情的態度を示していること,両国間で移民や労働者の不法流入の問題があることが影響している。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む