サモ王国(読み)さもおうこく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「サモ王国」の意味・わかりやすい解説

サモ王国
さもおうこく

7世紀に出現した歴史的に実証しうる最初スラブ人国家。6世紀にアバール人に従属しながらボヘミア、モラビア地方に定住した西スラブ人は、623年にアバール人を破った。このとき活躍したフランクの商人といわれるサモSamoは、スラブ人に推挙され国王となった。フランク軍を破って、領域を北はラウジッツ人地方、南はスロベニア人地方まで拡大したが、658年のサモの死の直後、アバール人に滅ぼされた。

木戸 蓊]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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