シーニェプ(その他表記)Si Nhiep

改訂新版 世界大百科事典 「シーニェプ」の意味・わかりやすい解説

シーニェプ (士燮
)
Si Nhiep
生没年:187-226

2~3世紀,交趾郡(ベトナム北部)を支配した中国人太守。シーニェプは日南郡の太守の子で,後漢末に交趾太守に任ぜられたが,中央の乱れに乗じて,一族を合浦,九真(タインホア),南海広東)の太守とし,半独立の体制をつくった。三国時代には呉に服属したが,この間40年にわたって合浦以南の平和を保ち,このため戦乱を避けた中国文化人が盛んにこの地に集まった。彼の死後,呉はシー一族を倒して,再び中国の直轄植民地とした。シーニェプは死後まもなく神格化され,13世紀にはチャン(陳)朝によって嘉応善感霊武大王と称された。一般ではシーブオン(士王)と呼ばれ,国土の保護神,中国文化の導入者として長く尊崇された。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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