ジハンギール・ホージャ(その他表記)Jihāngīr Khwāja

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ジハンギール・ホージャ」の意味・わかりやすい解説

ジハンギール・ホージャ
Jihāngīr Khwāja

[生]1783/1790
[没]1828. 北京
清朝東トルキスタン (回部) のイスラム教徒反乱,特に 1826~27年のホージャ家聖戦の中心人物。中国,清朝の史料では張格爾,扎罕格爾と写される。清朝軍に追われてコーカンドに逃れたカシュガル・ホージャ家のサリムサクの二男。 19世紀初め頃からしばしば以前の本拠地カシュガルを奪回しようと試みた。結局コーカンド・ハンによる保護軟禁状態を脱して,1826年にはコーカンド人,キルギス人,ウイグル人などと結んでカシュガル,ヤンギ・シャフルを中心とするタリム盆地西部を制圧した。しかし9ヵ月後に敗退して清朝軍に捕えられ,北京で刑死した。

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