ジビエ遺跡(読み)ジビエいせき(その他表記)Ziviye

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ジビエ遺跡」の意味・わかりやすい解説

ジビエ遺跡
ジビエいせき
Ziviye

イラン北西部,ウルミア湖南方の丘陵地帯にある遺跡。前9~8世紀頃城塞都市として栄えた遺跡で,高さ 150mの丘をなし周囲に城壁をめぐらしている。 1947年ここから金銀製品,象牙細工を含む財宝村人によって発掘された。アッシリア風の意匠主調としたものとスキタイ風の動物意匠があり,また両方が混在したものもあるがその製作者,年代は確定していない。フランスの A.ゴダールはアッシリアからの輸入品とみられる象牙類を除き,その他の製作者をマンナイ人とみて,その年代を前9世紀と解しているが,メディア時代の遺宝ともいわれている。その文化の内容はアッシリア,スキタイ,ウラルトゥ,エラムなどさまざまな影響を受けたものといえる。

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