日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジュルナール・ド・パリ」の意味・わかりやすい解説
ジュルナール・ド・パリ
じゅるなーるどぱり
Le Journal de Paris
フランス最初の日刊紙。ルイ王朝下18世紀のフランスは啓蒙(けいもう)主義の花が開き、絶対王制による出版の弾圧、検閲にもかかわらず定期刊行物の興隆期を迎え、1780年代のパリでは定期刊行物が50を数えた。こうしたなかで1777年1月1日、ラ・プラスによって日刊新聞として創刊された。文芸、演劇、裁判、市井の雑報記事などを毎日載せたため非常な人気をよび、最盛期の1792年ごろには発行部数2万を超えたといわれる。フランス革命の激動期やナポレオン時代の言論統制の嵐(あらし)をくぐりぬけたが、王政復活後の1819年に発行禁止処分を受け、ついに停刊した。
[伊藤力司]