スルターンアルアトラシュ(その他表記)Sulṭān al-Aṭrash

改訂新版 世界大百科事典 の解説

スルターン・アルアトラシュ
Sulṭān al-Aṭrash
生没年:1891-1982

レバノンドルーズ派の政治指導者。名望家族の出。フランスの委任統治下で地方分割案に反対して全シリアの統合を呼びかけ,反乱を組織して1925-26年にフランス軍と衝突,何度か撃退して民族闘争の英雄となる。結局,反乱は鎮圧されるがトランス・ヨルダンサウジアラビアに亡命,37年帰国するが〈国民ブロック〉の批判者として活動。彼の反乱は凶作失業の時期に重なっていたから有効であり,フランス当局に民族主義闘争の存在を認識させた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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