チャランケウシ(読み)ちやらんけうし

日本歴史地名大系 「チャランケウシ」の解説

チャランケウシ
ちやらんけうし

現在チャランケ岩がある場所をさすアイヌ語に由来する地名。木村「蝦夷日記」には「チヤランウスアフタ境」とみえ、「人ノ如ク立向語ル如キノ石アリ」とある(寛政一一年一月八日条)。「場所境調書」には「ウス アフタ 海岸領分境 右古はホンシレトの岬を以て境と定めし由なるが、何時となく其境しれがたく成、後ホロシレトを以て定め置しを、数十年の後、此海岸に大岩二ツ立並びて相互に議論するが如き様あるより、其をチヤランケチヤランケは相互に座して談判をするを云石と号置しが残り、今は、此処にて境目のチヤランケ致し議論相調ひしより爰の字とすとて、其石の処を境目と相定たり」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 談判 有珠

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む