トゥシエト・ハン(読み)トゥシエト・ハン(その他表記)Tüsetü Khan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「トゥシエト・ハン」の意味・わかりやすい解説

トゥシエト・ハン(土謝図汗)
トゥシエト・ハン
Tüsetü Khan

中国,明末から清代に外モンゴルハルハにあったトゥシエト・ハン部の部長称号ダヤン・ハン (達延汗)の末子ゲレサンジャ (格埒森札) は外ハルハに分封されたが,その3男にノーノホがあり,その曾孫のグンブ (袞布) が初めてトゥシエト・ハンを称し,以後清末まで継承された。トゥシエト・ハン部は外モンゴルの中央部を占め,その中心フレー (庫倫,現在のウラーンバートル) は外モンゴルの政治的・経済的・宗教的中心として栄えた。

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