ヌーリスターン(その他表記)Nūrestān

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヌーリスターン」の意味・わかりやすい解説

ヌーリスターン
Nūrestān

アフガニスタン東部の歴史的地域。Nūristānとも表記され,1895年までカーフィリスターン Kāfiristānと呼ばれた。面積は約 1万3000km2。アリンガル川,ペーチ川,ランダイシンド川上流域とそれらを隔てる山脈群で構成される。北はヒンドゥークシ山脈の主稜線,東はパキスタン国境,南東はクナル渓谷(→クナル川),西はパンジシール渓谷およびニジラブ渓谷に接する。山がちで雨が多く,深い森に覆われ,アフガニスタンの木材の大半を産する。
ヌーリスターンが他のアフガニスタンの地域と大きく異なる点は,その孤立性と地元住民によって共有される民族的,文化的特性である。彼らは独立を尊重し,村落を単位とする氏族組織をもつ。現在は穀物や果実栽培,畜産を営みながら渓谷に定住し,カフィル諸語を話す。1890年代,アフガニスタン首長のアブドゥル・ラフマーン・ハーンがこの地を制圧し,住民をイスラム教に改宗させた。彼はその後,地名をカーフィリスターン(「異端者の地」の意)からヌーリスターン(「啓蒙の地」の意)に変更した。
ヨーロッパにおけるカーフィリスターンの住民についての初期記述は,イギリスの軍人ジョージ・スコット・ロバートソンの著書『ヒンドゥークシのカーフィル族』The Kafirs of the Hindu Kush(1896)にみられる。これは 1890年から 1891年まで彼が滞在した村,カムデシュ Kamdeshでの経験がもとになっている。イスラム改宗前のこの地の信仰と文化の痕跡は,パキスタンのチトラル地区やその周辺に暮らす数千の民族集団カラシュに残されている。

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