バリケード事件(読み)バリケードじけん(その他表記)Journées parisiennes des Barricades

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「バリケード事件」の意味・わかりやすい解説

バリケード事件
バリケードじけん
Journées parisiennes des Barricades

パリに生じた騒乱。フランス史上この名で呼ばれる事件は2つあり,いずれも市民が街路にバリケードを築いて反乱の姿勢を示した。 (1) 1588年5月 12日国王アンリ3世に反対してバリケードを築き,ギーズ公アンリを支持する市民が王の軍隊と衝突。その結果は市民側が優勢で,王はパリを退去するほかなかった。 (2) 1648年8月 26日 J.マザランがパリ高等法院を弾圧し,評定官 P.ブルーセルその他を逮捕したことを不満としてバリケードが築かれた。ブルーセルが釈放されたため一応平静に戻ったが,フロンドの乱の発端となった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む