身体が静止している状態、運動している状態のいかんにかかわらず、身体の保つようすをさして姿勢という。古くは「構え」とか「格」という表現が用いられた。英語ではpostureがこれにあたる。姿勢の基本をつくるのは全身の骨格であるが、これに付着する筋肉、靭帯(じんたい)および内臓器官などが関係し、これらの協調作用によって姿勢が決められる。とくにそのなかで脊柱(せきちゅう)は姿勢を形成する軸として中心的な役割を果たしている。脊柱は、三十数個の椎骨(ついこつ)が、それぞれ椎間板という線維性軟骨組織で連結された柱である。脊柱は、脊柱に関係する多数の屈筋・伸筋の働きによって柔軟に屈伸するが、これに上肢・下肢の骨格の動きが加わって姿勢がつくられる。これらの骨格とその筋肉の活動によって変化する姿勢は、身長差、体重差、年齢差、個体差、地域差、などの影響も受けると考えられる。また、種々の体型の違いによって、骨格や筋肉が同じ動きをしても姿勢が異なってくる場合がある。したがって、姿勢がよい・悪いという場合には、人為的につくられた姿勢のほかに、こうした体型を中心とした要素が加味されることもある。たとえば、均整のとれた筋肉質の筋力型、頸(くび)が太くて短く、胸郭の厚いずんぐりした肥満型、筋肉の発達が弱くて胸郭が扁平(へんぺい)な無力性体型を比較すると、姿勢のとり方もそれぞれに違ってくるわけである。
身体の姿勢に関連して、身体の各部位の位置関係を解剖学的にあるいは医学的に説明する場合には、基準位となる解剖学的位置が決められている。解剖学的位置は、足をそろえてつまさきをまっすぐ前方に向けて立つ姿勢(いわゆる直立不動の姿勢)をとり、顔面は正面に向け、上肢は体幹の外側に垂らしたままで手掌を前方に向けた状態で決められる。この姿勢に基づいて腹側、背側、頭側、尾側、あるいは外側、内側の位置を決めておけば、身体がどのような姿勢をとっても、身体の部位の位置はつねに確実に表現することができる。
日常生活における姿勢は一般的には、(1)立つ姿勢、(2)座る姿勢、この場合には椅子(いす)に座った場合の姿勢と、床に座った場合の姿勢とがある、(3)寝る姿勢、に分けられよう。以下、それぞれについて説明する。
[嶋井和世]
立つ姿勢で姿勢がよい・悪いというときは、一般的には立っている側面の姿勢によって判断される。この場合、よい姿勢とは、アメリカの生理学者ケンドルE. C. Kendall(1886―1972)によると、身体の重心線が耳介(じかい)の前から肩関節を通り、胸郭、腹部の中央部、大腿(だいたい)骨の大転子、膝(しつ)関節中央部のやや前方点、足の外果(ソトクルブシ)の前方に至る場合とされている。この姿勢は、身体の各部の筋肉の緊張のバランスが無意識のうちに保持される形であり、全身の筋肉の疲労も少なく、エネルギー消費も少ないことになる。この姿勢における脊柱の全景では、頸椎(けいつい)部分の前彎(わん)、胸椎部分の後彎、腰椎部分の前彎、仙骨、尾骨部分の後上方凸彎という、もっとも自然な脊柱彎曲がみられる。
[嶋井和世]
座る姿勢のうち、世界中の人々にとってより日常的であるのは、椅子に座る姿勢と思われる。椅子に腰掛けた場合のよい姿勢とは、腰から下部の屈筋や伸筋が働かず、バランスのとれた状態をいうが、椅子に座る場合には自分の意志よりも座る道具の形によって姿勢も変化するため、より人工的な姿勢になりやすい。椅子に座る場合には、大腿が水平か膝(ひざ)がやや高くなるのがよく、その場合、坐骨(ざこつ)結節(椅子の平らな面に接する坐骨の突起部)を通る垂直線は重心線より前方となる。
床に座る姿勢も、基本的には椅子に座る姿勢と同じであるが、床に座る場合は、両下腿を屈曲して組み合わせる形によって姿勢が変わる。いわゆる正座は、もっとも自然な姿勢とされるが、下腿に体重がかかるために下肢の血液循環の停滞を避けられないこと、膝関節の極度の屈曲で、筋、腱(けん)の過度の緊張が加わるなどで、長時間の座位はどうしても姿勢の崩れを生じる。両足の母指を軽く重ねる形で下腿を組み、両踵(しょう)の間に臀部(でんぶ)が挟まる座り方が、床に座る姿勢にあっては安定し、よい姿勢といえよう。両足底が完全に重なるほど組んで座ると骨盤が高位となり、安定も悪く、腰部以下の筋のバランスにも無理を生じる。また、両下腿を完全に開いて臀部を床につける座り方は、骨盤が極端に下がるため筋緊張のバランスが崩れる。これよりは、あぐらをかくという座り方がまだ安定しているが、左右の大腿骨が大きく外転し、下腿が屈曲、外転の形で組まれるため、下肢全体のねじれが生じ、股(こ)関節、膝関節にも不自然な緊張が加わることになる。
[嶋井和世]
寝る姿勢は床やベッドの形によって変形するため、椅子に座る場合と同様、人工的な要素に支配される面が強い。寝る姿勢の一般的な形としてはあおむけに寝る仰臥(ぎょうが)位、うつぶせに寝る腹臥位、横向きに寝る側臥位があるが、その他の特殊な姿勢として、医学的治療の際にとられる姿勢がある。すなわち、四つんばいの状態で胸部を床につけた姿勢である膝胸(しつきょう)位、四つんばいの状態で前腕全体を床につけた姿勢である膝肘(しつちゅう)位、仰臥の状態で大腿を垂直に立てて外転させ、下腿を水平の高さまで屈曲させる背仙(はいせん)位などである。寝ている状態では受動的な姿勢をとることが多いため、仰臥位で高い枕(まくら)を用いると、頸部の前屈位を生じ、肩の筋肉の緊張によって肩こりの原因となる。また、側臥位では頸部が側屈の状態になるので、頸部が脊柱軸に一致するように枕の高さを調節するのがよい。なお、あまり柔らかいベッドではこれらの姿勢が強調されるため、内臓の圧迫、心臓・肺臓の働きなどが妨げられ、身体の肉体的疲労が残りやすくなる。
ヒトは立位歩行の生活様式をとるようになってから、他の脊椎動物とは体型が著しく異なるようになった。また、体型は老若男女の別によって異なるし、人種によってもかなりの差があるため、個体的差の多い体型から生じる姿勢も、同様にさまざまな変化をもっている。しかし一方では文明社会の発達に伴って生ずる生活様式の変化が、ヒトの姿勢の変化に新たな影響をもつことも否めないことである。
[嶋井和世]
ごくわずかの例外はあるが、動物の体幹は活動時、休息時ともに水平位を基本とするが、人間の活動時の体幹は直立し、膝(ひざ)も伸びる。これを直立姿勢といい、これによる歩行が直立二足歩行である。陸生脊椎動物は一般に四肢をもち、これで安定した前進運動を行う。直立姿勢は力学的に不安定であり、下位の体部に重力的負担がかかるが、人体の各器官は直立に適した形態・機能をもち、全身の平衡を保つ。直立姿勢こそ人間を人間たらしめた基幹的特徴である。直立姿勢維持のため、人間の脊柱は軽くS字状に曲がって、ばねの役を果たす。上半身を支える骨盤は幅広く、腸骨翼も広がっている。胸郭横断面は左右に長い楕円(だえん)形を呈す。下肢、とくに大腿が長い。足部は前後に長く、直立時、かかとは地面に接す。上肢は前進運動から解放され、各関節の動きが自由になるため、道具の製作・使用、運搬を可能にする。さらに、大きな脳を含め、人間的特徴の大半は直立姿勢に由来する。
一方、直立時、内臓諸器官は上下に積み重なるため、胃下垂など、重力負担に対する未適応現象がみられる。老人では、姿勢は前屈しがちになる。類人猿は平生は四足歩行をするが、前肢が長いため、体幹は傾く。これを半直立という。サル類の体幹は就寝時直立する。しかし、人間は横臥して睡眠をとる。また精神的に高揚するときは反りぎみな姿勢をとり、沈潜時にはうつむき加減になる。
[香原志勢]
頭部,体幹,四肢の相対的位置関係をいう。体型と深い関連もあり,肩の下がりぐあいや骨盤,首の角度など,本来,体型に含まれる要素が姿勢の要因となっていることも多い。立位,座位,臥位などの静的姿勢やスポーツなどによる動的姿勢があるが,生体学的には立位の姿勢を基本とする。姿勢は年齢,性,人種などによって異なり,正しい姿勢は何かということは難しい。かつては軍隊式の直立不動の姿勢が〈正しい姿勢〉とされたが,これは威厳を出し,本人の精神的緊張をもたらすためにとられたもので,現在では,むしろ自然に直立したより安楽な姿勢を基本にするようになってきた。生体学でいう正姿勢とは,両足を60度に開いて,ひざを伸ばし,両ひざをつけ,脊柱を自然に直立させ,目と耳の線を水平にして立った状態をさす。姿勢の維持や運動に際しての体の平衡は姿勢反射によって保たれている。
執筆者:山口 登
姿勢には人ならば直立位,椅座位,仰臥位,また体操,ダンス,バレーのときのいろいろの形,動物にも普通の四つばい,うずくまった形などがあって,まったく千差万別である。骨格だけを関節でつないでおいても,このように自在な姿勢をとらせることはできない。どんな姿勢であっても,骨格が一定の形をとるためには筋肉が協力して一定の緊張を保っていることと,その緊張が適当に変化調節されることが必要である。このような筋肉の協調的な収縮は意志の力によることはきわめて少なく,ほとんど全部が巧妙な反射作用によっている。この反射を起こす受容器は三半規管,耳石,目,皮膚,筋肉とくに頸筋,腰筋,および関節,その他あらゆる身体部分が関係しているといってよい。姿勢に関係する中枢は主として中脳にあって,これと前庭核,赤核,小脳核,大脳基底核などの総合作用によって脊髄前角細胞,その他の運動神経核に適当な衝撃が与えられて,筋肉が一定の緊張を保っている。現在知られている動物の直立に関係するおもな反射は,つぎの二つに分けることができる。一つは現在のその姿勢を保とうとする反射であって,緊張的であり,持続的であって,いわば現状維持的に働き,他はある姿勢から現在の姿勢に移るときに役だつもので,動的であり一過性であって,いわば現状打破的に働く。前者を緊張性反射tonic reflex,後者を動的反射kinetic reflexといっている。二つともすべての受容器から起こすことができるが,その強さと部位が違っている。
(1)耳石から起こる反射 除脳したネコで,首を動かないように固定して,頭の位置を変えると,+45度のときに四肢の伸筋の緊張は最大となり,-135度のときに最小になる(これを耳石反射という)。(2)頸筋から起こる反射 除脳・迷路破壊のネコで,首を上下左右に曲げると,前肢は屈曲し後肢は伸展して,動物が食物を食べるときの形になる(これを頸反射という)。(3)足の裏から起こる反射 除脳ネコをあお向けにして,足の裏を押すと,その肢はますます硬直し,つっぱってくる。動物が床に立っているときの状態に等しい(これを支持反応という)。(4)皮膚からの反射 体の片側の皮膚を押すと,頭をその側に曲げ,その側の前後肢は伸展し,反対側の肢は屈曲する。これは,横にねた位置からそのまま立ち上がったときの姿勢に相当する(これを皮膚反射という)。
(1)三半規管からの反射 体を回転するとき,または落下のとき(耳石からかもしれない)に,その回転,落下方向に,目,頭,四肢が急激に動く(これを前庭反射という)。(2)目からの反射 動物を空中に支えて,これを机に近づけると,前肢を伸ばして机につけようとする(これを視覚反応という)。(3)皮膚からの反射 ネコを空中に支えて片側の脚の甲を机の端につけると,その肢を机の上にあげる(これを肢おき反応という)。(4)足の裏からの反射 除脳したネコを両手で持って,足の裏を机につけたまま前に押していくと,ある程度押したときに,前肢を前にとばして新しい位置に持っていく(これを肢とび反応という)。以上のような反射で正常位が維持されている。
執筆者:高木 健太郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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