パイシイ(読み)ぱいしい(その他表記)Paisij

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パイシイ」の意味・わかりやすい解説

パイシイ
ぱいしい
Paisij
(1722―1773)

ブルガリア修道士、民族運動の先駆者。ブルガリア南部のバンスコで生まれる。1745年兄のいたアトス山ヒランダル修道院で修道士となる。セルビア人やギリシア人修道士のブルガリアに対するあざけりに反論するために自国の歴史の著述にとりかかる。数年間にわたりアトス山とブルガリア各地を回って史料を集め、スレムスキ・カルロフツィSremski Karlovci(スレムスキ・カルロブツィとも。当時オーストリア領、現セルビア領)でマウロ・オルビニや枢機卿(すうききょう)カエサル・バロニウスの著作を知り、帰るとアトス山のゾグラフ修道院へ移り、62年『スラブ・ブルガリア史』を完成させる。彼の著作は数多く筆写され、ブルガリア人の民族的覚醒(かくせい)に大きな役割を果たした。

[寺島憲治]

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