パレステジー(英語表記)Parästhesie[ドイツ]

改訂新版 世界大百科事典 「パレステジー」の意味・わかりやすい解説

パレステジー
Parästhesie[ドイツ]

末梢神経炎や脊髄炎などによる病理的変化が,知覚神経経路にある場合に認められる異常知覚錯感覚)をさす用語。この異常知覚は,病理的過程そのものが刺激となって感じられたり,このような神経経路に刺激が与えられた際に生ずるもので,灼熱感,蟻走感,異常な痛みの知覚などがある。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のパレステジーの言及

【中東戦争】より

…一方,イギリスはナチズムの中東への浸透を恐れ,こうしてパレスティナの事態はアラブ,イギリス各政府の共通の関心事となり,30年代を通じてアラブ諸国がパレスティナの問題に介入してゆく。第2次大戦後,経済的に疲弊したイギリスにはもはや事態を抑える力がなく,47年2月パレスティナ問題を国連にゆだねることに決定した。4月,国連特別総会が招集され,国連パレスティナ特別委員会United Nations Special Committee on Palestine(UNSCOP)の報告に基づき,11月29日国連総会はパレスティナの分割を決議し(パレスティナ分割決議),イギリス政府は48年5月15日をもって委任統治を終結することを決定した。…

【中東和平問題】より

…77年11月エジプトのサーダート大統領がイスラエルを訪問したのを機に,エジプト,イスラエル間に和平の気運が高まり,78年9月のキャンプ・デービッド合意をへて,79年3月,エジプトとイスラエルは平和条約に調印した。第4次戦争のあと,国際世論はパレスティナ問題の解決なくして中東和平はありえないとの点で一致したが,この最初の平和条約はパレスティナ人の存在を素通りしたものであった。 その後,中東はイラン・イスラム革命に揺れ,イラン・イラク戦争に注意を奪われる一方で,82年6月イスラエル軍がレバノンに侵攻し,パレスティナ・ゲリラの基地を一掃する作戦を展開した。…

※「パレステジー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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