プロシア人(読み)プロシアじん(その他表記)Prussians; Prusi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「プロシア人」の意味・わかりやすい解説

プロシア人
プロシアじん
Prussians; Prusi

プロイセン人とも呼ばれる。バルト海にのぞむウィスワ川西方からメーメル川にいたる地方に居住したスラブ系の民族。言語学的にはインド=ヨーロッパ系のバルト族に属し,みずからプルーサイ Prusaiと呼んだ。隣接のポーランド族と長い闘争を繰返し,997年プラハの司教アダルベルツスの殉教,1081年ポーランドのヘルマンの支配とキリスト教の強制などに対して果敢に反抗を続け,1161年ボレスワフ4世の支配から脱して 13世紀まで独立を保った。 1226年ポーランドのマゾフシェ公コンラットが,ドイツ騎士団をこの地に招き,騎士団は 30年来この地に移住し,83年その支配権を確立するまで約半世紀にわたってプロシア人と激しい戦争を続けた。プロシア人はたび重なる反乱ののち多くのものは農奴化され,一部はゲルマン化してドイツ民族に吸収されたが,その名は領域名として残った。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む