殉教(読み)ジュンキョウ

デジタル大辞泉 「殉教」の意味・読み・例文・類語

じゅん‐きょう〔‐ケウ〕【殉教】

[名](スル)自らの信仰のために生命をささげること。「殉教者」
[類語]殉職殉難玉砕

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精選版 日本国語大辞典 「殉教」の意味・読み・例文・類語

じゅん‐きょう ‥ケウ【殉教】

〘名〙 信仰する宗教のために、自己の生命を犠牲にすること。
※奉教人の死(1918)〈芥川龍之介〉一「奉教人衆の間から、『まるちり』(殉教)ぢゃ、『まるちり』ぢゃと云ふ声が」

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改訂新版 世界大百科事典 「殉教」の意味・わかりやすい解説

殉教 (じゅんきょう)

宗教上の信仰を貫き,そのために迫害されて死ぬこと。主としてキリスト教やイスラムのような一神教の世界で発生し,重要視された。仏教文化圏では,大衆の苦難をわが身に引きうける受苦(菩薩行)の思想が生みだされたが,死の強制を引きうける殉教という考え方は育たなかった。キリスト教のなかでも殉教martyrdomをすぐれた徳行としたのはカトリック教会であり,とくにキリスト教徒迫害の時代に信仰を守るために死を選んだ者を殉教者martyrとしてたたえた。日本のキリシタン迫害史のうえでは長崎で殉教した〈二十六聖人〉がよく知られている。殉教者を葬る墓所の上には教会堂や礼拝堂,記念堂が建てられ,その祭壇には殉教者の遺物がまつられるのが普通であり,彼らの殉教を記念して行われる祝日の典礼色は赤で,キリストのために流された血を象徴している。その点でキリスト教徒の殉教の背後には,神のための動物犠牲と共通する観念が横たわっているといえよう。なおプロテスタントでは罪の赦しはキリストの贖罪によるとするから,殉教には特別の意味を認めていない。
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殉教者は勝利を象徴するシュロの小枝をもち,持物としてそれぞれの殉教具ステファヌスの石,アレクサンドリアカタリナの車輪など)を携えて表されることが多い。初期キリスト教時代にとくに盛んであった殉教者の崇敬に伴って,彼らの墳墓,聖遺物容器に画像による装飾が行われ,さらにこれらに関連して建造された各種の殉教者記念堂(マルテュリウムmartyrium)に,殉教と殉教者にちなんだ大規模な図像が展開された(初期キリスト教美術)。殉教の図像は主として以下の二つに分けられる。(1)祈念,崇敬のために殉教者を肖像として表現したもの。小型で携行できるメダル,聖油瓶に始まり,イコンから大型のモザイクに至るまで,無数の殉教者像がキリスト教世界に流布して今日に至っている。殉教者はオランスorans(祈る人)の姿で,あるいは守護聖人として発願者とともに,あるいはキリストから勝利の桂冠を授けられる姿で表される。(2)殉教場面を頂点とする物語的表現。聖人伝研究(ハギオグラフィカHagiographica)に従い,想像力を駆使してあらゆる種類の拷問,殉教場面が考案された。アレクサンドリアのカタリナの殉教(マソリーノ・ダ・パニカーレ,サン・クレメンテ教会のサンタ・カテリナ礼拝堂壁画,ローマ,1430ころ),セバスティアヌスの殉教(マンテーニャ,ウィーン美術史美術館,1455-60ころ)などはとくに知られる。いわゆる教会月暦画(メノロギオンmēnologion)挿絵はこのような図像の集成である(バシレイオス2世のメノロギオン挿絵,バチカン図書館,985-1025)。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「殉教」の意味・わかりやすい解説

殉教
じゅんきょう
martyrdom

一般には、信仰のために苦難を受け命を捧(ささ)げることをいう。とくにキリスト教で、迫害の時代に、自己の信仰のために苦難を受け、命を捨てた人々を殉教者といい、その死を殉教という。殉教者はギリシア語で本来「証人」を意味し、イエスの生涯とその復活の証人である使徒をさすことばであったが、2世紀以降、迫害が激化するにつれて、意味の転化がおこった。テルトゥリアヌスが「キリスト教徒の血は種子である」といっているように、殉教者は教会発展の礎(いしずえ)として非常に尊敬され、信仰を告白して苦難を受けたが殺されはしなかった証聖者と区別された。石で殺されたステパノが最初の殉教者とされる(使徒行伝)。パウロやペテロ、イグナティオス、ユスティノスなど多くの殉教者が知られている。

 2世紀後半の『ポリュカルポス殉教記』では、殉教者の遺物を尊び、死の記念日を祝っており、やがて殉教者は聖人として崇敬されるに至った。記念日にはミサがあげられ、神にとりなしをする者として、殉教者の功徳は信徒の救いに有効とされ、4世紀以降、墓所の上に教会が建てられた。そして、殉教録という殉教者その他の聖人を年間の記念日の順に配列した名簿がつくられ、聖務日課のときに朗読された。なお中世以降も、キリスト教の宣教に伴って、ヨーロッパの内外で信仰のために多くの血が流された。日本においても、キリシタンの迫害は激しく、とくに長崎で殉教した「日本二十六聖人」は有名である。

[木寺廉太]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「殉教」の意味・わかりやすい解説

殉教
じゅんきょう
martyrium

一般には,宗教上の信仰のゆえに迫害を受けて死ぬこと。広く主義のために死ぬ場合にも用いる。キリスト教会,特にカトリックではこれに明瞭な意味を与え重視する。キリスト教では,殉教者の原語 martyrはもともとあかしを立てる人の意で,イエスの生涯と復活の証人として使徒たちをさしたが,その後2世紀なかば頃から自己の信仰を真理として宣明し,迫害に対し信仰を死守した者の呼称に転化。4世紀初めに信仰の自由を得るまで,古代教会はおびただしい殉教者を出した。特にディオクレチアヌス帝の迫害下においてその数が多い。日本において 16~17世紀のキリシタンの歴史は信徒の殉教の血に染まっている。カトリックでは厳密には信仰ないし一つの徳のために生命を失った者で教会から殉教者と認められたものをさした。古代教会では殉教者に厚い尊敬が払われ,その命日には殉教者の名,殉教の時と場所,受難物語などが公に読上げられ,記念ミサが行われた。殉教者の墓上に礼拝堂や聖堂を建て,そこでミサを行う慣習があり,その祝日の典礼色は赤 (血の象徴) 。殉教者は普通聖人に列せられる。プロテスタントでは殉教者を教会で公認する規定はない。殉教に関する文献には,初代教会の各殉教者の生涯を記した殉教者殉難録,プロテスタント迫害史の殉教者伝があり,殉教者一覧記録としてはローマ教会殉教暦 (354) ,カルタゴ殉教暦 (505) ,ヒエロニムス殉教録 (5世紀中頃) がある。

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百科事典マイペディア 「殉教」の意味・わかりやすい解説

殉教【じゅんきょう】

一般に宗教上の信仰のために迫害を受け命を捨てること。キリスト教,とくにカトリック教会では,迫害時代に信仰を守って落命した信徒を殉教者martyrとして崇敬する。殉教者の墓上に礼拝堂や聖堂が建てられる習慣があり,聖堂祭壇には殉教者の遺物が祀られる。殉教者は列聖されるのが普通。キリスト教会最初の殉教者はステファノ,日本の二十六聖人は長崎での殉教者。殉教図の作例も多数。
→関連項目サン・フェリペ号事件

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旺文社世界史事典 三訂版 「殉教」の解説

殉教
じゅんきょう

宗教上の信仰のために迫害を受けて死ぬことをさし,イスラームやキリスト教といった一神教に多くみられる
特にローマ帝国時代のキリスト教徒に対する迫害は有名で,ネロ帝からディオクレティアヌス帝にいたる歴代皇帝のもとで,多くの殉教者を出した。また殉教は西洋絵画の重要なテーマとされ,初期キリスト教美術からルネサンスまで多くの作品が描かれている。

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