ヘルマン(読み)へるまん(英語表記)Johann Wilhelm Herrmann

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘルマン」の意味・わかりやすい解説

ヘルマン(Johann Wilhelm Herrmann)
へるまん
Johann Wilhelm Herrmann
(1846―1922)

ドイツのプロテスタント神学者。12月6日メルコウに生まれる。1879年以後マールブルク大学教授。リッチュル学派のもっとも独創的な神学者であり、バルトブルトマンの師である。カントに従って宗教を自然の領域から峻別(しゅんべつ)し、人間の倫理的矛盾を克服する独自の体験領域とみなす。キリスト教の史学的研究を重んじつつも、しかも史的な枠を超えて歴史的キリストが現在の人間に人格的感銘を与え、救済体験を生じさせ、世界に対する自立的態度を成立させる点を強調する。1月2日マールブルクにて没。

[森田雄三郎 2018年1月19日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヘルマン」の意味・わかりやすい解説

ヘルマン[ザルツァ]
Hermann von Salza

[生]1170頃.チューリンゲン,ザルツァ城
[没]1239.3.20. サレルノ
ドイツ騎士団の事実上の創設者。 1210年にドイツ騎士団長に選ばれ,熱心に東欧の布教活動に従事。神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の信任も厚く,同帝に従って十字軍にもおもむいた。 28年以来ポーランド貴族の要請でプロシア人のキリスト教化にあたり,その褒賞としてクルム地方を与えられ,31年以後先住プロシア人征服に乗出して領土を拡大,多くのドイツ人農民を入植させて,バルト海沿岸に広大な騎士団国家を建設した。その間,皇帝の政治顧問として中央でも活躍し,デンマークとの対立を皇帝側に有利に解決した。

ヘルマン
Hellman, Lillian

[生]1905.6.20. ニューオーリンズ
[没]1984.6.30. マサチューセッツ,マーサズビンヤード
アメリカの女性劇作家。コロンビア大学などで学び,富裕な家の少女女教師を扱った『子供の時間』 The Children's Hour (1934) で認められた。そのほかアメリカ南部の家族の物欲から生じる争いを描く『子狐たち』 The Little Foxes (1939) ,ナチズムを批判する『ライン川の番人』 Watch on the Rhine (1941) ,有閑階級の退廃を描いた『秋の園』 The Autumn Garden (1951) などの作品がある。

ヘルマン[ウィート]
Hermann, Graf von Wied

[生]1477.1.14. ウィート
[没]1552.8.15. ウィート
ケルン大司教兼選帝侯 (在位 1515~47) 。初め M.ルターの宗教改革に激しく反対したが,やがて新教に傾き,神聖ローマ皇帝カルル5世,ローマ教皇パウルス3世と対立し,1546年破門され,シュマルカルデン戦争ののち廃位された。すぐれた行政家でもあり,37~38年に彼が制定した法令は 18世紀末までのケンル大司教領の法制的基盤であった。

ヘルマン[ザルム]
Hermann von Salm

[生]?
[没]1088.9.28.
ザルム伯 (ルクセンブルク家分家) 。神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世時代の反皇帝派の頭目。ハインリヒ4世がイタリア遠征中,1081年ザクセンとシュワーベンに擁立されて対立国王となり,マインツ大司教から戴冠。しかし 85年にはデンマークに逃亡を余儀なくされ,86年皇帝とウュルツブルク近傍で戦ったが敗れ,以後ロートリンゲンの自領に引きこもった。

ヘルマン
Hermann, Eduard

[生]1869.12.19. コーブルク
[没]1950.2.16. ゲッティンゲン
ドイツの言語学者。キール,フランクフルト,ゲッティンゲンの各大学の教授を歴任。インド=ヨーロッパ語族の比較研究に従事,『音韻法則と類推』 Lautgesetz und Analogie (1931) などの著書がある。また,ホメロスの詩のすぐれた注釈の仕事でも知られる。

ヘルマン[ライヘナウ]
Hermann von der Reichenau

[生]1013.7.18. ザウルガウ
[没]1054.9.24. ライヘナウ
ドイツの年代記作者。 1020年ライヘナウのベネディクト修道院付属学校に入り,以後同地で修道士,教師として活動した。その主要な著作はキリスト生誕から 1054年までの世界年代記であるが,殉教録をも編纂している。詩作,音楽にもすぐれ,音楽理論書のほか,天文学書,数学書も残している。

ヘルマン
Hermann, (Johann) Gottfried (Jakob)

[生]1772.11.28. ライプチヒ
[没]1848.12.31. ライプチヒ
ドイツの古典学者。ライプチヒ大学教授。古典文献学における語学的方法の重要性を強調した。主著『ギリシア文法の正しい方法について』 De Emendanda Ratione Graecae Grammaticae (1801) など。

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